京洛味弥美之記

某月 某日

新春早々ある日本の友人とMホテルの三階に あるメインバァで飲んでいるとき、京料理のお味の特長を一言で表現すればどうなるだろうかという話が出た。
京のお味の通であるこのB氏によると、結局は”みやび”ではないかとのことである。
では、この”みやび”をお料理の上で最も今 日的に表現できる料亭はどこであろうかということになった。
そこへたまたまC氏が現われ、それがぴった りする料理店があるという結論が出た。その夜 はもう時間がおそかったので、 一週間后に木屋町御池のあたりにある “S”へ招待された。
流石にB氏とC氏という専門的な通のおすゝ めだけあって、もし京都版の「ミッシュラン・ ガイド」をつくるとすれば三つ星に入るといえるお店である。小じんまりとしたお店である が、数名の板前さんが、殆んど声を立てずにき びきびと料理をされている。
もちろんお味は“みやび”の今日的表現である。それにトイレットの方も全体の床面積からすると、相当のスペースをとっていて、大変清潔である。
再び京都にかえって来て、新しい年の”美味 体験”のスタートをするのに最もふさわしい場所であった。

某月某日

新しいタワー建設の工事も終り落着いたようなので、日比谷のIホテル(日本語ではTホテル)へ出掛けて見た。
ここの中二階にあるO・I・バーは私の最も 好きなバァのひとつである本当のサービスの徹底している。超Aクラス(というのは美女または、美女もどきがおしぼりや、煙草の火をつけるサービス、あるいはお客のネクタイの趣味を無理をしてほめるサービスではない)といえる。
このO・I・バァのように外国の一流のホテ ルのバァにひけをとらぬバァが最近少くなっているのはなげかわしい状況であるが、こゝで飲 んでいると、そういう不平不満が全然なくなっ てしまうのはたのしいことである。

さて、このバァで一寸調子をととのへてから 地下のショッピング・アーケードを歩くのはと てもたのしいことである。
この日のお目当は、有名な天プラのお店 “T”である。ここもきびきびしたサービスで 本当の東京式の天プラがお美味しくいたゞけ る。この日は招待したお客のご希望が天プラであったので、 “T”をえらんだが、この近くに Kホテルの二階に京料理の店を出して居られる “I”のIホテル店がある。 京料理ブームとか京風料理店の乱立気味の東京で、本格的な京 料理を出される数少ないお店のひとつが、この”I” のIホテル店である。

某月 某日

昨年末の英文毎日紙では、京都国際会議場(KICH)の隣接地に、新しくPホテルが建設されることに決ったと報じていた。
京都の地図をひろげて見て、このあたりに本 格的な国際観光ホテルがないのが不思議であるという地点はいくつかあったが、そのひとつは KICHのある宝ヶ池のあたりであった。
東京系のメイジャーホテルのひとつであるPホテルが、こゝにも建設されることは、京都の明日像に大きな刺戟をあたえることになり、い わゆる連鎖反応が起きて、更に多くの本格的な、しかも特長をもったホテルの建設が進むだ ろうと予言できそうである。
ということは、今までにある京都のホテルも大きなイーベーション(革新)をせまられるだろうし、いろいろのサービスを担当する人材の需要もますます増大することになる。 また一方では、”みやび”の心をもったお味の重要性も一段と増してくることを意味するものである。
今回は京洛味弥美之記〟という表題で、当分京のみやび”を探訪してみたい。

某月 某日

今年の冬は雪が多かったせいか、京都でも美味しい鹿の刺身や、ぼたん鍋などをいたゞく機会があった。
鴨は琵琶湖やその他の場所でもとることを禁じられていて、合鴨というのが大部分になってしまった。この頃はニューヨークに本格的な鴨 料理(和風の)が出来て、お値段も手頃という変な現象がおきている。

ところでこれは世紀末的現象というのであろ うか、或いは味覚文明の発達というのであろう か、最近アメリカでは美食家の間に、ワイルド・キジーヌ”が流行している。
最近の「ニューズウィーク」誌でも大きく報導しているが、いわゆる野獣の料理が脚光を浴びて来ている。デンヴァーのあるレストランの料理長は次のように云っている。

“お客様はもうビーフは注文されませんよ、 だって、どこにでもあるのですもの―” またあるレストランのオーナーは云っている。
“もうニューヨーク・ストリップ・ステーキは売れなくなりました。その代りブラウン・シュガーとアーモンド味のビーバーはよく売れていますよ”
この現象についてはワシントンの某レストランのオーナーの言を聞こう。
“グルメフッド(美味しいもの)を食べるのにお金を払える人々は、フレッシュ・サーモンとクレソンのサラダといったこれまでの美味しいものに飽いてしまったのです。今やお客様はファンタジィというか、何か新しいものを求めているのです。”

ずっと昔、ジュークボックスが全盛の頃、アメリカで”禅”というレコードがあった。この レコードをかけると、約三分間音のないレコー ドが廻る。最後にゴーン”という鐘の音が入って、このレコードを十回分かければ、少くと 三十分静かな時間を買うことが出来た。 このあたりで、カラオケでも、そろそろ”禅” というテープが出てくれないかと待つことにしょうというのが、これらのスナックバァ探訪の悪友たちとの結論であった。
京都でも東京の流行が入って来て、アメリカ 西海岸志向のカフェ・バァ”がぽつぽつ出来ている。アメリカのテレビ放送やFMラヂオ放送をカセットで輸入して、それらを流している。飲物はアメリカの “B”というビールが主流である。
このような流行の時代にこそ、サービスの行きとどいたホテルのバァで、超ドライのマーティニなどを片手に、本格的な悪友たちと超キザ話をしたり、超よからぬプランをねったりする価値がでてくるというものである。Mホテルのバァはまことに落着いた雰囲気で正にそのような目的にふさわしいし、昨年改装の出来たKホテルのバァも地理的にも便利で落着いてお酒が飲める。
さて京都も八条口に新しくホテルK・Hが出来、人の流れも又変ってくる。本年の春はじっくりと京都に腰を落着け新しい傾向を研究して見よう。

某月某日

アメリカの高級ホテルは今や”ぜいたくさ を競う時代に入ったようである。
特にニューヨークでは、今までの大手の高級ホテルが何百万ドルという金額をかけて、大改装を行い、すさまじい勢いで伸びてくる後発の新ホテルチェーンに対抗しようとしている。
ちょうどニューヨークから最近の雑誌が多数回送されて来たので面白い情報を紹介したい。
Sホテルの改装で案内の文句を見よう。
「お客様にはこれまで、超一流のサービスと エレガントなつくりのこのホテルをご愛用いただいて参りました。さて此度数百万ドルをかけ 大改装を行いました。 お部屋は勿論のこと窓も全部改装し、四基の超高速エレベーターが入り ました。この改装については、伝統的なヨーロ ッパのホテルの良さと、新しい時代の便利さを うまく調和させました」 ハイチにあるホテルS 広告文句も振っている。 ” 当ホテルで生きた芸術をおたのしみ下さい。”
そして当ホテルでは古き良き時代のヨーロ ッパのライフスタイル(夕食時のクラシック音楽の生演奏も勿論入っています)とあらゆる近代的な快適さの調和をおたのしみいたゞけます。
アメリカでのぜいたくさ”も更にエスカ レートしてくる。”ぜいたくな週末プラン”というのも面白い。これはニューヨーク市から車で一時間のところにある大別荘での週末プランである。その案内書を見ると、〝すばらしいインテリアー。 浴室つきの大きな客室。 各種の設備と備品つ き。大庭園を見おろす豪華食堂。エレガントな エンターテインメント。プライベートのゴルフコース、テニスコート、温水プールつき、完全装備つきのフィジカルフィットネスルーム (健康運動室)。サウナ。三エーカーの大きな 池。 支配人は勿論のこと、ハウスキーパーに料 理人、庭師、運転手、健康運動室コーチ他完 備〟とあって、土曜日の朝食、日曜日のブ ランチとディナーつきで、週末十回分のパッ ケージが、お二人で、3850ドルというお値段。ざっと84万円という次第である。

さきにのべたSホテルなどの場合は勿論のこ と、このような週末用の豪華大別荘でも、矢張 超一流のサービス”をいかに保つかが問題となる。

某月某日

新幹線京都駅の南前に、新しいビルが完成し た。そこには勿論K・Hホテルも入っている。 一夕そのビルの地下食堂街をのぞいて見た。 たまたま一寸洒落た和風レストランが目に入ったので入って見た。

京都の生えぬきの店ではないが、伝統的な京料理の店以上に“京都らしさ”を出そうとしている努力は買いたい。またサービスも行きとゞいている。
しかし一寸困ったのはビールをたゞ一種類しか置いていないのである。あとで入ったK・H ホテルの十三階のバァでも、日本のビールはた しか一種類だと記憶するが、アメリカやヨーロ ッパのビールも何種類かあるので、一応口に合 ったものをいたゞけるが、一流を誇ろうとする レストランで、ビールはたゞ一種類というの は、大きなサービスの手落ちになり、大変しおまれることである。
この地下食堂街では、トイレットは共同にな っているが、まだ開店早々なのにトイレットの きたないのには参った。あれだけ一流のレスト ランが並んで居れば、たえずトイレットの清掃 につとめられたい。でないと地下食堂街のイ メージ全体が下落することは明らかである。

K・Hホテルの十三階にあるバァ。こは京都の街の夜景を眺めながら飲むことの出来るすばらしいバァである。 この数日前、京都駅の中央口の前にある某ホ テルの地下にあるメインバァに入ったが、同窓 会の帰りらしい中年の方々のさわがしさと、押 しつけの美味しいとはいゝがたい”つき出 しー。それに合格点をはるかに下る”サー ビスには参った経験がある。 それにひきかえこのK ホテルのバァは”東京的”といえる良さがあり、つき出しの押 し売りもなく、たのしいバである。 さらにくわしく京都駅を中心としたホテルのレポートを次号でおくりたい。

某月某日

しばらく京都を離れていたので、一寸気にかかることがあり、知人のU氏に電話をすると、 北村さんがおなくなりになったとの事であった。
京司クラブをつくられ、この「司友』を発刊され、日本のホテルとレストランのサービスの向上のために大きな貢献をされた方が、急におなくなりになったことは悲しみにたえない。
はるかにニューヨークの地から、心からのおくやみを申上げたい。日本――そして特に京都のホテルやレストランのサービスが更に向上して、世界一のレベルに達することが、故北村さんに対する京都の関係者として、なしうる唯一の道であると思う。
北村氏のご令息を中心に、京都の関係者のより大きいご努力を期待したい。
こゝにつゝしんで、故北村氏のごめいふくを祈る次第である。

某月 某日

再び京都に帰って来て、京都の”今日的状況”の発見にとび廻っている。 前号に書いた京都駅の南側にあるK・H・ホテルの十三階にあるバァ。ここに再び入って見るとサービスのスピードの悪化に驚かされた。 前号で一寸 “良い”と書いた途端に悪くなったのはどうも理解できない。
京都に帰る前、東京でS・P・ホテルのメイ ン・バァに入ったが、このバァのサービスの良いのは心にくいところである。チーフバーテンダーのすぐれた指揮ぶり、そして女子従業員のサービスはT・ホテルのそれに匹敵する。また お酒と共に出されるアパタイザー(これは必ずついてくるが)も、気がきいたクリームチーズとクラッカーであって、”金三百円也”というのは、まことに合理的なお値段である。

某月某日

前号で約束したので、京都駅を中心とした新しいホテル、そしてその他の京都市内の新しいホテルを使って見て気にかゝるのは、フロントデスクの事務処理能力と語学力である。
実は先日フランスのある有名な映画スターの来日のとき、スポンサーの方からご相談をうけたので、おすゝめしたのは、M・ホテルである。その理由はいろいろあるが、やはりなんと云ってもフロントデスクの事務処理能力がそのひとつであった。
新しいホテルに泊ったり、来客を紹介する場合、フロントデスクの事務処理能力も、大変重要なファクターとなる。それにバァも大変重要なファクターとなる。これについてある外国の雑誌から聞かれたので、京都のホテルのバァの” ベスト・スリー” をあげておいたが、こゝでの発表はさしひかえたい。いづれこの雑誌などで投票で決められても面白いと思う。

某月某日

先日も引用したアメリカの有力な経済雑誌 “F”には、信頼すべきレストラン評論がのせられるが、最新号では、パリの超一流レストラ ン”M”の評論がのっている。
結論を云えば、”M” は最近落ち目であって、問題はよいシェフを集めるのはむづかしいからだとのことである。実はこの”M” は先年より有名なデザイナー “P・C”氏の所有とな っているので、この評論も手きびしい。 ―”服を縫うお針子さんは簡単に集るが、このようなレストランのシェフが簡単に集ると思うのは、そもそものあやまりである”
京都のホテルや街のレストランでも、シェフ(料理長)が変ったため、お味が急に悪くなったところも出ている。
またヘッドウェイターを他のホテルに引抜かれ、その部下も全部一緒にいなくなったため、 サービスの低下しているところも出ている。
この“F”誌の評論も一寸耳のいたいところである。

某月某日

幸にして京都にも色々の変化が出ている。K ホテルの中に洗練された中華レストランが出来て以来、中華料理の分野ではあまり変化が生れていなかったが、ついにひとつの”新しい波”が出て来た。
そのひとつは”I” というお店で、香港風の 点心を出すビストロという感じである。舞台装置は日本の古い蔵の中という感じで、日本の民芸調のインテリア・デザインが面白い。お味の 方も香港の点心の店でいたゞくのと同じで、京 都における中華レストランである。 西木屋町で “新しい波”である。
いまひとつはある北欧レストランの経営者が開いたバアである。 花見小路四条を下った祇園町の古いお茶屋さんへ入って中の戸を押すと少 インフォーマルな感じの本格的なバアが現われる。お値段の方も良心的である。

某月 某日

久しぶりに志摩半島のK観光ホテルへ出掛けた。真夏のある日であった。
こゝでの中食のメインディッシュは、勿論はじめから「アワビのステーキ」と決めてあったが、その前の前菜として「ウニのボン・ファム」をとって見た。いづれもこのホテルのご自慢だけあって、お味の方はきわめて結構であっ た。

全部結構”であれば問題はないのであるが、実は二つの困った事があった。そのひとつはこのホテルのバアは昼間は開いていないのである。かつてあの天才作家のミシマユキオがほめていたこのホテルのドライアーテニを一杯いたゞくとか、あるいは南国でのイギリス人の習慣のように軽くジン・トニックなどでのどをうるほしてから、この美味しい海の幸をいたゞく ということが出来なかったのは誠に残念であった。そしてもうひとつ困ったことは、先にワイン をえらんで注文してあったのに、ワインより先に、あつい「ウニのボン・ファム」が出され、 ワインの出される頃には、折角のウニも大分冷たくなっていた事である。
美味しいお料理と飲物のサービスはオーケストラのようなもので、どのひとつが狂っても、 お味はいい音楽から、単なる〝雑音〟におちてしまうと云えよう。
しかし考えようによっては、昼間からバアが 空いて居らず、中食の時にうまくワインが出されないので、幸にして日本にはアルコール中毒の方が少いと言えるのかも知れない。

某月 某日

ある会社の最高幹部である日本の友人と久しぶりに話をする機会があった。
この人は東京ではいつもTホテルとかホテル という超一流のホテルに泊っているが、実は先日はこの両方とも貸切りで泊ることが出来ず、赤坂に先程開業した某一流ホテルに泊ったとの事である。その時はフランスから大変重要な来客があり、そのフランスの夫妻も泊られたとの事である。
次の朝フランスの夫妻が離日のため、ホテル をチェック・アウトすることになり、ポーター に荷物をルームからおろすようにたのんだところ、要領を得ず、ホテルからの出発が二十分も おくれてしまったのである。
このホテルにはポーターには金ピカの新しいデザインのユニフォームを着せ、恰好は良いのであるが、訓練が充分出来て居らず、Tホテルやホテルでは全然考えられないようなサービ スの低下となったということである。「京都のホテルでもこのようなサービスの欠陥が一寸目につきますね」――とこの日本の友人は静かに語っていた。

某月某日

「ドライ・マーティニ」のことで、 一寸グチ をこぼしていると、友人のX氏から、是非一度美味しいマーティニをごちそうしましょうというおさそいがあった。
先達てオープンした西本願寺の近くのTホテルのバアである。
このバアから見える人工の川を活かした幻想 的な庭園を見ながら“超ドライ”のマーティニ を注文したが、このバアでのドライ・マーティ ニの作り方は正に本格派である。
久しぶりに本格的なドライ・マーティニをい たゞいたという感があった。

某月某日

去る五月に招待された結婚披露宴はN・M・ ホテルで開かれたが、プロフェッショナルな女 性の司会者の見事な演出で、すばらしいパァテ ィであったと、たしか本誌にも書いた事がある。
その后、このような披露宴には出ていないが、先日、久しぶりに日本の友人のC君に会った途端、
「昨日、ひどい披露宴で、びっくりしましたよ!」
とのことである。
C君の話を要約すると次のようになる。
その披露宴は、京都でも有名な某レストランで開かれた。
たまたまその日は、”大安”とか何かで大変忙しい日であったらしいが、普段そのレストランの洗い場、どこかいわゆる”楽屋裏”の従業員も急に動員されたらしく、ユニフォームを着た従業員はごく一部で、いろいろとばらばらの服装のウェイターやウェイトレスがサービス に当ったのである。 したがってナイフやフォークの並べ方の順序も怪しく、ウェイターがあわててフォークを床に落しても拾うことなくそのまゝ。
前菜のひとつにエスカルゴが出されたのはよいが、花むこがそれを召上ってしまうと、他のテーブルで残した人の分を、マネージャーとおぼしき人が、手でふたつつまんで来て、花むこ にサービスするということまで起り、コーヒー を出すタイミングがおくれ、出し終るかいな や、マネージャーが「勝手ながら、次のパァティがありますので、こゝでお開きを――」と発言された。

これは正にすさまじきサービス振りということで、多少誇張があると信じたいところであるが、どうやら本当らしい。 それにしても最近特に披露宴などのサービスぶり(といってもサービスの超低下)には〝失神〟を起しそうになるのが多いらしい。

某月某日

ある友人の招待で京都会館の近くの洒落た某フランス・レストランで夕食を戴くことになった。
ここのお料理は多少ヌーベル・キジーヌ風であるが、お味も大変すばらしく、盛付けも美し く手抜きのないのがよく判る。
さて、サービスであるが、先日某レストラン の披露宴での ”恐怖の”サービス振りを聞いた あとであるが、正に天と地の差であった。勿論まだ新しいウェイターの方々も見えていたが、 慣れや不慣れは別として、誠意を以て、いわば 決められたサービスのルールをきちんと守ってゆくという態度が見られたことは大変うれしいことである。
京都や近県のホテル、レストラン、グリル、 そしてバァの活性化のため今一番必要なのは、 実はこの基本的なサービスのルールをもう一度見直して実践することであると云える。

某月某日

最近日本料理で評判の高いところのひとつ は、八日市にある”S”という料亭であるが、 たまたまその”S”が神戸の”P”ホテルの中に支店を出しているので、友人と共に試食に出かけた。
結論を先に出せば、お料理の味、サービス振共正に申し分ないし、(これは昼食の場合であるが)お値段の方も京都から神戸まで出掛けて行っても充分価値があると云える。
ウェイトレスというより日本語の”お給仕さん”の多くは相当年配の方々であるが、充分に訓練されていて、気持がよい。
お料理の方も、あたたかい物は、本当にあたたかく、食后のフルーツとして出された廿世紀 梨も、クラッシュした氷の上にのせて出された。
この頃、京都の街でも、お昼に日本料理を手頃に、気持よくいたゞく事が出来るところが少くなって来たようであるが、この”S”は、京都から神戸まで出掛けて行っても価値があるというのは、日本式に言えば〝泣かせる”というところであろうか。
ところで、この”P”ホテルであるが、好況で大増築されるとかのことであるが、メインロ ビーの広々とした”ぜいたくさのある空間” は 何と言ってもうれしいし、またショッピング・ アーケードの通路のひろびろとした雰囲気は、 他のホテルではあまり見られない。

今回は京都のサービスの明暗ふたつのコントラスト、そして”神戸から京都を見る”という趣向となったが、京都でも大ホテルの建設のニ ュースがあふれているので、筆者も腰を落ちつ けて、さらに〝京洛の味”とサービスの見きわめをつづけたい。

某月 某日

このところ日本の各地の新しいホテル建設のブームがつゞいている。
大阪の北に開業したA・S・ホテルもそのひとつであるが、こゝには京都のホテルにはないものがあり、「よかった!」という讃美の言葉と、「しまった!」という(京都のホテルのための)言葉が同時にでた。
それは外でもない、このホテルの二階につくられた”ライブラリー・バァ”。読んで字のごとく図書室風のバァである。

日本に近いところでは、香港の超一流ホテルには、英国文化の影響もあって、このようなライブラリー・バァもあるが、それがついにこの大阪の新しいホテルに出現したのである。
暖炉、書架―――これらはくつろぎと落着きを あたえるが、これこそ日本の代表的な文化都市 である京都のホテルに先づ出来てほしかったも のである。
日本語の判る欧米人たちによると、この頃の京都のホテルのバァの多くは、ゴルフ帰りの紳士方の自慢話、ご出勤前のホステス嬢の待合せの場所になってしまったのではないかという深刻な話がでゝいるが、このあたりで、京都でも大阪に負けずに、本格的なホテルのメインバァがあらわれるのが待たれる。

(またまた大阪の肩を持つようで恐縮であるが、)先日あるパァティがあって、この大阪の A・S・ホテルの三階にある大宴会場を見た。 二フロアの吹き抜けは、本当にゆったりとした空間の感じをあたえてくれる。
京都は何方地価が高いので―という者があるが、(そして冷暖房のコストが高くなるので との意見もあるが)どうも天井の低い宴会場では圧迫感があって、パァティのたのしさが消えてしまうようである。熱帯のシンガポールにある超一流のSホテルの大宴会場も吹き抜けであるが、十二分に冷房がきいている。

某月某日

大阪にできた新しいホテルのことをほめた記 事を書いたあと、東京に来ている。
東京でも新しいホテルが開業したので、食事 をしたり泊ったりして見た。
すでに東京の友人から聞いていたので、先入感もあったかもしれないが、どうもサービスがよくない。他の一流のホテルから有能な人材を 引き抜いて、人は揃っているが、それを総合的 に動かせる機能がおとっているのであろうか? 世界的に有名なホテルの日本版としては、サー ビスの点ではBクラスの採点もつけかねる次第である。

東京に来てよいと思うのは、深夜になっても 本格的に食事のできる一流のお寿司や、 洋風レ ストランなどのあることである。
大手のホテルや銀座などのレストランも京都 と同じように比較的早く閉店となるが、六本木に来れば、深夜になってもゆっくりと食事をたのしむことが出来る。
“宵っぱり”―というのは必ずしも、ほめたことでないかも知れないが、このような国際観光都市で、夜おそくなるともう本格的な食事が出来なくなるというのは、一寸考えものではないかと思う。

最近、京都の国際観光都市としての活性化の 問題が検討されているようであるが、和洋中を問はず、本格的なレストランの営業時間の延長や、あるいは深夜専門の大人のための洒落た本格的レストランが出来ることも、この活性化の ために大いに必要ではないかと思う。
勿論、その場合、サービスが低下してはならない。
京都のこの業界はまだ多くの可能性をもっていると考えるし、今やそれに向っての挑戦の時期が来ているようである。 以上

某月某日

アメリカのある週刊誌の裏表紙には、毎号あ スコッチ・ウイスキーの広告が出ていて、有名人の紹介がある。
最近号では、Gという有名なケータラーズ (宴会などの出前専門店)のシェフであり、共同オーナーであるN氏が紹介されている。
「仕事をうまくやる秘訣は?」という質問に対しては「出来上った料理をうまくパックすること。そして何も忘れものがないようにすること」と答えている。
「ご趣味は?」に対しては、
「他の人が作ってくれた食事をいたゞくこと」と振った答である。

某月某日

日本の多くのレストランやコーヒーショップ では、早朝サービスとか、ランチタイムのサー ビスとか云って、ある時間を区切って、お料金を割引きする制度があり、われわれ利用者側としては、大変結構である。
だがたが日本語で「サービスタイム」とい うのはよいとしても、わざわざ英語で大きく ¢Service Time” と書かれると、その他の時間には全然サービスがないのではないかと―かんぐってしまうことになる。
これに相当する正しい英語 “Happy Hour” である。なる程お客にとっては正に大変たのしい時間”となる。
さて、近着のアメリカの週刊誌 ザ・ニュー ヨーカー”に面白いマンガがのっている。
場所はバア。すでに常連客がバアのカウンターのところに待っている。
右の時計の上には、 “Happy Hour” と書かれてあり、その下には4-6 All Drinks 75¢“ (四時から六時まで、お飲物はすべて七十五セ ント)と書いてある。 時計は正に三時五十七 分。バーテンダーはピストルを天井に向けて、 時計が四時を打つと同時にピストルを射ち、 “ハッピー・アワー”のスタートをしらせようとしている。

某月某日

昨年来つづいているいわゆる”グリコ・森永”事件で、「怪人二十一面相」の名前がでてく るが、これはエドガー・アラン・ポーの名前を もじった江戸川乱歩の「怪人二十面相」を犯人たちが、もじって使っていると聞いた。
この本物の怪人二十面相の出現する舞台となったのが、日本でも最も古いホテルのひとつである東京のT・S・ホテルであり、詩人のTも大いに推奨しているので、一度泊って見られてはという親切な助言をある友人からいたゞ いた。
もう少しすると、とりこわされるとかいうこの赤いレンガ造りのホテルは、たしかに新しい ホテルにはない独特の雰囲気がある。
部屋は古いが天井は高く、スチーム暖房がよ く効いて居り、壁もバスタブも古いまゝによく 手入れがしてあって古いヨーロッパのホテルに泊っている感じがする。
細い廊下をつたってバアへ行ったが、その道で黒いマントの怪人二十面相にぴったり合うような気がした。
ここ古めかしいバアもよい。お勘定も今風な 電卓でなく、ソロバンというのは気に入った。
詩人Tがすゝめていたダイニングルームに入る。カーテンを一寸開けると東京駅が見える (バアからも見えた)。アラカルトでオニオングラタンと仔牛のカツレツ、ウィーン風をとって見たが、オニオンをきれいに切って、バターでよくいため、ていねいに仕上げたオニオン・ グラタン、そしてカラッとうまく上ったカツレツの味は満点に近いと採点した。
さて、翌朝同じダイニングルームで朝食ができるというので出掛けて見た。 和食もあるとのことで、注文したが、これは昨日の夕食とく らべて、非常にグレードがおちる。第一に食器 も安っぽくて趣味が悪い。鮭を焼いたもの、生 卵、味噌汁、味付のり、おつけもの、ご飯、お茶――であるが、同じ都内のS・P・ホテルの中の和食堂の江戸前に洗錬された朝食と同じお値段で、悪評の高い新幹線の駅弁よりおちるこの朝食には驚きの他はなかった。
中途はんぱな和食ならむしろ出さない方がよいと思う。
しかしよく考えて見ると、このホテルでの朝 の和定食は、僕が「怪人二十面相」にだまされ ていたのかもしれない。

某月 某日

キリシマツツジが大変きれいだし、タケノコも美味しいから――というので、京都から車で 約半時間の距離にあるN市の某料亭へ招待をうけた。 「あなたはタケノコばかりだとおきらいでしょうから、他のお料理も入れるように云ってあります。ご安心下さい。」――と大変親切な 招待主からの電話をいたゞいた。
大きな池とツツジの見えるお座敷へ通されると、お茶とお菓子のあと、すぐ前菜が運ばれてくる。流石タケノコを自慢される料亭だけあって、タケノコのお寿司、タケノコのコンブ巻き、小エビで巻いたタケノコなどが並んでいる。次にタイとトロのお造りが出るが、さっと湯がいたタケノコも添えてある。 次に若竹のお 吸物そして直径十二センチ以上の大きなタケノコの切身を淡味で煮たものが出る。天プラもいろいろに加工したタケノコ。ホーラク焼きもタケノコが主で、次に特別に入れていたゞいた 小さな土鍋に入った牛肉のスキヤキ。あとタケノコとエビの酢のもの、そしてタケノコ御飯、フルーツというコースである。

招待主のお話では、タケノコは全体の半分以下に押さえていたゞくように何回も云っておいたのですが――やはりこの料亭はタケノコを自慢にしたいのですね。――とのことである。 折角高価なタケノコのお料理に招いていたゞ いて、批評をするのは申訳けないが、現在のお客の好みに合せて、料理にもう少し変化をつけられた方がよいのではないかと思う。それに、当店はタケノコが自慢でございますので、他のものをお出しするのは方針に反します――とい うのも、案外現在のお客の好みの無視かもしれない。

何年か前、もちろんその料亭はタケノコの専門店ではないが、嵐山のKという高級料亭で、 懐石料理のコースの間に、直径六十センチはあろう志野の大皿に、淡味に煮たタケノコが一杯盛りつけられ、その上にたっぷりかゝっていた木の芽のあざやかな緑の色が、きわめて印象的だったのを覚えている。
それに反し、このN市の某料亭の場合、印象的なものがなかったのは何故だろうか? それは、何となく自慢のタケノコを出しているのだという心だけがあって、豊かに他のものもとり入れて置きながら、要所要所に、タケノコで鮮かなアクセントをつけるというのが出来ないところに問題があるのではないかと思う。

某月 某日

ニューヨークから転送されて来た雑誌の束の中に、アメリカで最も洗錬された文化月刊誌 「ヴァニティ・フェアー」がある。その最新号 の中で「アメリカに於ける10の過大評価されたレストランの再点検」という面白い記事があ る。その筆者は公平な立場で大変興味ある評価を行っている。これはまた別の機会に紹介したい。

さて、京都のいくつかの一流ホテルは、ス テーキハウスをもっているが、Kホテルの”T” という鉄板焼ルームは以前から定評がある。
先日もたまたま友人からお招きをうけた。以前に行ったことのあるのは年半ぐらい前であるが、お味もサービスも全然低下をせず、むしろ向上しているところがうれしい。 一般に街にあるステーキ・ハウスは、一寸はやってお客がふえてくると、お味やサービスが悪くなったり、お値段の方が急に上昇ということになるのが常である。

京都ホテルの鉄板焼のその日のコースは、 「蛤しんじょの京湯葉巻」が前菜として出され、次に「甘海老のコンソメロゼワイン風味」 と進んだが、いづれもあとのステーキの味をひき立てるにぴったりのお味で、分量もひかえ目であった。「近江牛のサーロインステーキ」も見事であり、つけ合せの焼野菜と春のサラダにも細かい注意が払われていた。 ごはんのあとの 「ストローベリームース・キウイ添え」も大変さっぱりとしたお味で、コース全部がよく調和 していた。
結論として云えるのは、このKホテルの鉄板 焼 “T”は、質とお味とサービスの面で、最初 からの水準が、よく守られ、部分的に向上して いるということである。

某月 某日

牡丹の花の見ごろですから――とある知人の招待で、長谷寺を訪ねたあと、奈良にあるNホテルで夕食を御馳走になった。
シーズン中であっても、夕方になるとこのホテルのあたりは大変静かになり、特にこの古いホテルの玄関のあたりの“たたづまい”には優雅さと静けさの調和がある。
新館が出来ているが、旧館との調和もうまく保たれていて、異和感がない。
さて、メインダイニングルームで夕食をいただいた。
ちょうど新しく入ったウェイターやウェイトレスが多く見られたが、大変よく訓練されて居 り、サービスの基本のABCを習った通り、まじめに実行しているという態度は、大変気持がよかった。
たまたま招待主のパン皿の上へ、ワインのシールを切って、コルクを抜くとき、目につくかつかないかの小さなシールの一片が落ちたと見たが、そのウェイターはすぐ「失礼いたしました」と云って、そのパン皿をとり代えた。
このように細かいところに気がつくような訓練は、流石であると感心した。 先日京都の街の あるステーキ・ハウスで、相当かけたところのあるサラダ皿を平気で出しているのを見て、驚いたことがあるが、このNホテルの新人のサー ビスの訓練は、相当高レベルであると思う。
このように伝統のあるホテルこそ、矢張基本的なサービスを守ることによって、そのレベルを保ちうるものであると思う。
以上

某月 某日

ある外国の食通が書いたエッセイを読むと 「飛行機の中の食事は絶対に美味くないか …………」という批判があったが、ファースト・ クラスであれば、飛行機の中という限られたスペースで、どのようなものを、どのようにサービスするかというひとつのチャレンジが見られて、これもまた、ひとつのたのしみになる。
さて、先日大阪発のあるヨーロッパの旅客機のファースト・クラスに乗ったが、結論として、この機内の食事は失格であった。
離陸前に出されるのは、シャンペンかオレンジジュースであるが、このシャンペンは甘口すぎる。大阪から成田までの間にアペタイザーと軽食がでるがこれも失格。
さて、成田を出てアンカレッジに向うと、しばらくして、カクテルタイム、そしてディナーとなる。この航空会社の特別指定のメニ ューは東京でつくらせたものであるが、これま た失格。結局、美味しいものはキャビアだけという結末となった。
アンカレッジを出たあとの、カニの料理も、 甘味のソースの中にカニが沈んでしまって、カニの味がしない。やっとあとのビーフステーキのみが、B級の一寸上というところであった。
宣伝用のパンフレットでは、美しい写真入りで紹介されているファーストクラスの食事も、 これだけひどくなると、たゞたゞあきれかえるのみである。

某月某日

「はじめ悪ければ、あと良し」――というこ とわざがあったかどうかは知らぬが、今日はオランダの某氏の別荘で、超A級の夕食に招待された。
日本であれば、すぐゴルフの練習場にされてしまいそうな広々とした芝生、そのはるか向う の池や林をのぞむテラスで、先づ食前酒。軽くしゃれたカナッペのいくつか。

テラスの廻りには、” アルプスのバラ” (アルパイン・ローズ)と呼ばれるシャクナゲの花が咲き誇っている。
レンブラントの名画などが(決してガラスを張った額などに入れてない!) 一杯飾ってある食堂での、この日の夕食のメニューを紹介しょう。
 前菜/ノールウェイのスモークド・サーモン
 スープ/コンソメ・ア・ラ・ロワイヤル
 メインコース/平目のアラモード・シェフ風(香草包み蒸し)、ボイルした新鮮アスパラガス(これには、キヌザヤ ポテト、ブロッコリイ添え)
 デザート/シャーベット、新鮮イチゴ、 ムース盛合せ
 ワインは「バロン・デ・L一九八一年白」

初夏のヨーロッパのこのあたりは、白夜に近いので、食后、再びテラスへ出る。
コーヒー、コニャック、コアントローなどの 食後酒が出され、香りの高い葉巻がくばられる。

某月 某日

再びベルギー国境を越えて、オランダに入る。
ここは古い大きな農家を改造したレストランである。三十才ぐらいの長男、今日二十三才の誕生日を迎えた長女、そして夫婦が主となって 働いているレストランである。
屋外でのカクテルのあと、食堂に入る。 前菜 は (解禁前の) 生の新ニシン、香草と共にボイ ルしたロブスターとそのスープ、近くの森で射って来た野生のウズラを焼いたもの。デザート は、日本のヒラメの薄作り風に切った青リンゴ の真中に、アイスクリームが置かれている。これに自家製のプラムのリキュールをかけていただく。

某月 某日

成田へ向うまた別のヨーロッパの航空会社の ジェット機の中でこれを書いている。
この飛行機のファースト・クラスの食事もま 失格である。
シャンペンは一種のみ、ブドー酒も、赤も白 も銘柄は一種という貧困さである。
食事も、この日記で紹介したヨーロッパのい くつかの夕食会のメニューからくらべると正に失格ものである。
特に今、オランダやベルギーでとれる新しい白いアスパラガスの美味しさ、スモークドサー モン、カニ、小エビそれに新しい生ニシンを盛合せた豪華な前菜を僕の胃は再び夢見ている。

某月某日

夏の夕方、久しぶりに高野川のほとりにあるH・Kというホテルを訪れた。
先達の増築で、このホテルの三階にあるバアは、古い時代のアメリカのホテルのバアを見ているような感じがしてたのしい。窓から下のプールが見え、外国のホテルのバアで飲んでいるような雰囲気がある。

某月某日

大阪へ出て、梅田にある阪急Gビルの二十何階にあるレストラン街を見た。
ちょうど民芸調のつくりの店があったので、 中食をとることにし、ビールの種類を聞くとた ゞ一種類だけである。しかもこれはレストランにとっては一番利益の多いビールとかで、折角まあまあというお味であった料理もC級になってしまった。このようなレストランであれば、 入口に「XYZビール専門の店」――という看板でも出してほしい。
少くとも二、三種は常時準備しておくべきが 本当のサービスと云えよう。 幸にして京都の H・Kホテルのレストランでは、日本のビールは一種類であったが、アメリカの “B” などの種類もあって大いに助かったのを覚えている。

某月某日

このところ、京都を小まめに歩いて廻ってい るが、大変気持のよい経験があった。それは京都駅の地下街ポルタの中のあるレストランである。
この店のヘッドウェイトレスのお客の扱い方には実に感心した。まだ多少不慣れのところのある若いウェイトレスをうまく使ったり、空いた席にうまくお客を案内したり、お客がまだ ビールを飲んでいるので冷たくなりそうな御飯 と味噌汁を一旦引上げて、「またあとお召上りの時、あたゝかいのをお持ちいたします」 ――と説明する態度など、今もし、京都のヘッ ドウェイター、ヘッドウェイトレスの投票があれば、第一位にしたい人であった。
このレストランが、これ以上流行りすぎると困るので、その名前は挙げないが、読者の方々も、一度ポルタの食堂街へ出掛けて見て、発見されるようすすめたい。このレストランのお料理も美味しく、お値段も手頃である。

某月某日

久しぶりに高台寺にある高級料亭 “D” 待された。
夏の日にふさわしく、応接室やお座敷にもガラスをうまく使った活け花が涼しく入っていた。
お料理の方でも、まず前菜のひとつは、カットグラスのカクテルグラスに、薄味で煮た冬瓜 の上に小豆が数粒のせてある。
コースが進んで御飯となると古いギヤマンの 御飯茶碗が出された。これにつくデザートのグレープフルーツも三切ればかりが薄いブ ルーのすりガラスのグラスの底に美しく輝いていた。
これは大変結構なお料理と共にガラスの美しを充分にたのしむことのできた夏の一夕であった。

某月某日

京都のCホテルのフランス・レストランはすでに高く評価されているが、本日ある方に御馳走になって、それを再確認した感がある。
その一、二を紹介したい。
前菜はキャビアであるが、トマトの皮でバラ の花をつくった中に、キャビアが一杯つまっている。クレソンの青い葉が美しい。そして、そのバラの廻りに上にキャビアを一粒づつのせた大きなイクラが等間隔で並んでいる。これを金 のスプーンと、メルバ・トーストでいたゞくわけである。
次に出されるのが、また美しい。スモークド ・サーモンで小さな枠をつくり、その中にウナギの小切れが入っている。
そして後の中央には、緑の葉を背景に、ワイン蒸しのアワビの薄切りが盛りつけてある。
帆立貝とトリュフのスープは、ちょうど日本の白味噌仕立てのお椀の感じである。
日本的なタッチをとり入れたヌーベルキジー 風のこのホテルのフランス料理のコースはお 味も大変結構であるが、きびきびしたウェイターのサービス振りもすばらしい。
以上

某月某日

京都の街も、新しいホテルやビルディングが出来ると人の流れが変り、新しいコミュニケーションの地帯が出来る。烏丸通と御池通の交叉点のあたりにも、新しいビルディングが出来、日本航空のオフィスがその中に出来たりして、今や人の流れが変りつつある。
このところ美味しいものがないと云っていた ところ、ある方から、夕食の招待をうけた。その場所が、この交叉点の近くにあるK・Gホテ ル。
このホテルのレストランの前菜に出された 「うなぎのテリーヌ」は、お世辞抜きに美味であり、最近いたゞいた色々のテリーヌの中の絶品といえる。また、そのメインディッシュのビーフステーキも久しぶりにお目にかゝったよい牛肉を使ったステーキであった。
ヨーロッパの古い街には、このような小さな ホテルですばらしいレストランをもっているところがあるが、このホテルもそのひとつに入ると云える。

某月 某日

美味しいものをいたゞくという幸運がつくと、調子のよいもので、今回は高台寺のそばにあるKという高級料亭で夕食をいたゞくことになった。
いつもこの料亭の前菜は美しく出来ているが、秋の季節にふさわしく黒の丸盆に、すべきの穂を、お箸置きにしてある。
小さなカットグラスに梅酒、同じような深い目のグラスに柿の和えもの、竹篭には、吹き寄せ―特に「よろいがれい」の空あげと川海老の空あげがすばらしかった。
あとのお料理もすばらしいものがつゞいた が、たゞ最近の流行で生野菜が何種類か出たが、そのドレッシングは、マヨネーズと梅肉エキスを混ぜ合せたピンク色のものである。一寸目先は変っているが、味はまだ一寸――というところ、和食の世界にあまり洋風の流行が入りすぎるのも一考を要するといえる。しかしこの料亭の「ミニすきやき」は、日本食のコースの中でも、うまく調和して大変美味しい。

某月 某日

日本では一応チップという制度が確立されていないので、欧米とくらべるのはむづかしい が、最近面白い本を読んだので紹介しょう。 紳士、淑女の国といわれている英国には、これを皮肉ったユーモアたっぷりの本も多いが “BAD FORM “(無礼・不作法読本)というきわめて愉快な本がある。
先づチップというものについては、 “レストランでのお勘定の合計に加えて、チップを支払うというのは、その食事をした紳士が、自分のうけたサービスのすばらしさに対する満足を表 すものでなければならない”と先づのべるが、 “現実にはそのような満足に対して支払われるのは少い”と皮肉が入る。
現在、英国では普通レストランでは、チップ の率は10から15パーセントである。(日本で は、これに当るものとして大体率に10パーセントが加算される。)
もちろん紳士が新しいガールフレンドをつれて行って、気前のよいところを見せるときは、うんと率が上る。
しかし――とこの本の著者は云う。
もしウェイターの側に次のような落度のあったときは、このチップの率をへらすべきであって、その率は次のようになる。

・親指がスープの中に入った時――マイナス1パーセント
・スープが客の背中にかった時――マイナス3パーセント
・サービスが全般にスローの時――マイナス2パーセント
・間違った料理をもって来た時――マイナス3パーセント
・ウェイターが不機嫌な時――マイナス2.5パーセント
・コーヒーが受皿にこぼれた時――マイナス1パーセント
・ウェイターが紳士のガール・フレンドにウインクばかりした時――マイナス15パーセント

大変皮肉の入ったユーモアであるが、実は日本のレストランでも、ウェイターのサービスの 評価をこのようにして行って見ると、案外面白 いかもしれない。これはレストランなどのウェイターやウェイトレスの訓練にも役立つのではないかと思う。

京洛之味風流記